Biomericsは何を発表したのか?
コスタリカの製造拠点で紙のDHRをやめ、Eyelit TechnologiesのMES(Eyelit MES)上で電子のDHR(eDHR)を作る運用に切り替えた、という発表です。
発表元はEyelit Technologiesで、日付は2026年10月15日です。Biomericsは1994年創業の医療機器の受託開発・製造企業(CDMO)で、インターベンション治療向けの医療機器を主に扱い、米国・コスタリカ・ドミニカ共和国に12の製造拠点を持ちます。同社の紹介文によると、医療機器メーカー上位30社のうち20社と取引があります。
切り替え前の状態について、発表文は具体的な数字を出しています。DHRは紙で管理され、1件が100〜500ページに及び、1件をまとめ上げるのに最大2週間かかっていました。切り替え後は、記録の作成が製造と同時に進むようになり、手作業での編纂が不要になったとしています。
規制面では、ISO 13485、21 CFR Part 11(電子記録・電子署名)、21 CFR Part 820(QMSR)への対応をうたっています。稼働前に「大規模なバリデーション」を終えたこと、そのバリデーションを生産と同じシステムの中で管理していることも書かれています。記録は改ざんできないブロックチェーン基盤に残し、電子署名を組み合わせる構成です。
そもそもeDHRとは何で、紙のDHRと何が違うのか?
eDHRは、医療機器1台・1ロットごとの製造記録を、工程を実行しながらMESが自動で組み上げる仕組みで、紙との違いは「記録が揃ってから確認する」か「揃わないと次の工程に進めない」かにあります。
DHR(Device History Record)には、どの版の手順書と図面で、誰が、どのロットの部材を使い、どの検査に合格したかが入ります。紙の運用では、現場が工程ごとに記入した紙を最後に綴じ、品質保証(QA)が全ページを見て記入漏れや署名漏れを探します。不備があれば現場に差し戻し、確認し直します。Biomericsの「最大2週間」は、この回収・編纂・確認の往復にかかっていた時間と読めます。
eDHRでは順序が逆になります。部材ロットの照合、作業者の資格、検査値が規格内かどうかを、MESが工程を進める条件として先に判定します。条件を満たさなければ次の工程に進めないので、記入漏れという状態そのものが起きにくくなります。QAが確認するのは、規格外や手順の逸脱が記録された「例外」の部分です。
仕組みの全体像と、例外だけを確認する運用(Review by Exception)が成り立つ条件は、eBR・eDHRの解説記事で詳しく扱っています。
自社に関係があるのはどんな工場か?
米国に医療機器を出荷している工場と、そうしたメーカーから製造を請け負う工場は、紙かどうかにかかわらず製造記録の要求を受けているので関係があります。
米国FDAの品質規則は、2026年2月2日に施行されたQMSR(Quality Management System Regulation)で、ISO 13485:2016を規則の中に取り込む形に改められました。ISO 13485の認証を持つ工場から見ると、米国向けの要求と国際規格の要求が近づいたことになります。ただし、紙の記録を禁じる規則ではありません。紙で要求を満たせているなら、規制だけを理由にeDHRへ移る必要はありません。
それでもBiomericsのような受託製造企業がeDHRに動く理由は、取引先の数にあると編集部は見ています(推測)。上位30社のうち20社と取引があるということは、20社分の監査を受け、それぞれの求める様式で記録を出すということです。紙で1件最大2週間かかる記録が、顧客ごとの監査のたびに探し出される状況では、記録の工数は製造量より監査の回数に比例して増えます。日本の医療機器部品メーカーやEMSで、海外の完成品メーカーに納めている工場は、この構図に近い立場にあります。
製品の種類や拠点ごとの規制の違いは、医療機器製造のMES導入の記事にまとめています。
発表文から読み取れないことは何か?
導入後に出荷判定までの日数がどれだけ縮んだか、QAのレビュー工数がどう変わったかは、発表文に書かれていません。
発表が示している効果は「記録の作成がリアルタイムになった」「手作業の編纂がなくなった」「記録の誤りのリスクが下がった」の3点で、いずれも数字は付いていません。紙の時代の「最大2週間」は記録をまとめる時間であり、出荷判定までの全体の日数ではありません。記録がすぐ揃っても、例外の調査やQAの承認が残っていれば、出荷判定の日数は思ったほど縮まないことがあります。対象となった製品群やライン数、バリデーションに要した期間も示されていません。
もう1つ、発表は今回をMESから始まる計画の第一段階と位置づけ、今後は同社のAIアプリ群「Agent EyeQ」を使った計画・スケジューリングへ広げられるとしています。広げると決めたという記述ではなく、選択肢としての言及です。
では、何から始めればよいのか?
最初にやることは、製品を選ぶことではなく、今の紙のDHRについて3つの数字を測ることです。
1つ目は、製造が終わってからDHRが揃うまでの日数です。2つ目は、QAが1件を確認するのにかかる時間です。3つ目は、差し戻しが何件に1件起きているかと、1回の差し戻しで何日延びるかです。Biomericsが示した「ページ数」と「まとめ上げの日数」は1つ目に当たります。3つ目まで測っておくと、eDHRで削れる部分と、運用を変えない限り削れない部分を分けられます。
数字を取った結果、紙のままでも出荷判定が数日で終わり、差し戻しもまれだと分かることもあります。その場合、eDHRの投資は監査対応や取引先の要求といった別の理由で正当化できるかどうかで決まります。
よくある質問
eDHRを導入すれば、QMSRやPart 11に対応したことになりますか
なりません。eDHRは記録を作る仕組みで、規則への適合はシステムの設定、手順書、バリデーション記録、教育を含めた運用全体で示すものです。Biomericsの発表も、稼働前に大規模なバリデーションを終えたことを併せて書いています。製品が「Part 11対応」とうたっていても、それは要求を満たすための機能を備えているという意味にとどまります。
紙のDHRを使い続けることはできますか
できます。FDAのQMSRもISO 13485も、記録を電子で作ることを義務づけてはいません。紙での運用に問題がなく、記録の作成や監査対応にかかる工数を許容できているなら、急いで切り替える必要はありません。判断の材料として、本文で挙げた3つの数字を先に測ることを勧めます。
Eyelitのほかにどんな製品がeDHRに対応していますか
医療機器向けにeDHRを打ち出している製品は複数あり、MESから入る製品と、品質管理システム(QMS)と同じ基盤で記録を作る製品に大別できます。本サイトでは医療機器製造の記事で代表的な製品を挙げています。製品の比較より先に、自社のDHRの構成要素と、どのシステムを記録の正とするかを決めておくと、比較の軸がぶれません。
この記事に出てくる用語
規制がMESに求めるもの
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