3つの文書を、eBRの確認項目として1枚に並べる

2025年7月7日、欧州委員会はEU GMPのAnnex 11(コンピュータ化システム)改訂案、新設のAnnex 22(人工知能)案、Chapter 4(文書化)改訂案の3本を同じ日に意見募集にかけ、10月7日に締め切りました。それから1年4カ月がたった2026年11月6日の時点でも、EudraLex第4巻の一覧に載っているAnnex 11は「2011年1月改訂」のままです。改訂案はまだ採択されていません。

それでも、eBR(電子バッチ記録)をこれから選ぶ工場が改訂案を読まずに済むわけではありません。MES(製造実行システム)は一度入れると10年以上使い続ける工場が多く(編集部の実装経験による見立て)、今年選んだ製品は改訂版の施行後も現役だからです。現行のAnnex 11は本文5ページ、改訂案は19ページ・17章と用語集で、増えた分の多くはアカウント、監査証跡、電子署名の書き込みです。米国の21 CFR Part 11と合わせて3つの文書を同じ軸に並べると、どこで要求が分かれるかが見えます。

下の表が本記事の中心です。各列の要約は条文を編集部が言い換えたもので、右端の「判定の目安」はデモや受入試験でそのまま使える形に編集部が書き起こしたものです。条文の正確な文言は末尾の出典で確認してください。

確認の軸21 CFR Part 11Annex 11(現行・2011年)Annex 11 改訂案(2025年7月)eBRでの判定の目安(編集部)
アカウントの一意性ID・パスワードの組み合わせは2人で同じにしない(11.300(a))権限のある人に限定する(12.1)。共有の可否には触れない読み取り専用を除き、共有アカウントの使用はデータインテグリティ違反(11.1)現場端末の共通ログインを使わずに1バッチを最後まで流せるか
認証の方法ID・パスワードの定期的な見直し、紛失したトークンの無効化(11.300)鍵、パスカード、パスワード、生体認証などを例示(12.1)トークンやICカードだけの認証は不十分。社外からのリモート接続は多要素認証(11.3、11.6)ICカードだけでログインできる設定が残っていないか
自動ロック・ログアウト条文に記載なし条文に記載なし連続失敗でロック、無操作でログアウト、利用者が時間を変えられない(11.7、11.8)ログアウト時間を一般利用者の画面から変えられないか
職務の分離権限チェック(11.10(g))権限の付与・変更・取消の記録(12.3)GMP作業者に管理者権限を持たせない、最小権限、定期的な棚卸し(11.10、11.11)製造記録を書く人と、監査証跡の設定を変えられる人が別のアカウントか
監査証跡の中身作成・変更・削除の日時を、元の記録を消さずに自動で残す(11.10(e))GMPに関わる変更と削除の記録をリスクにもとづき検討。変更理由を残す(9)誰が・何を(旧値と新値)・いつ(タイムゾーン)・なぜ。理由の入力を自動で求める(12.2)値を書き換えた瞬間に理由の入力欄が出て、空欄では保存できないか
監査証跡のレビュー条文に記載なし定期的にレビューする(9)手順書にもとづく、当事者以外によるレビュー。原則として出荷判定の前に行う(12.5〜12.8)バッチ単位で証跡を絞り込み、出荷判定の画面から開けるか
電子署名の表示氏名、日時、署名の意味(作成・確認・承認など)を表示する(11.50)署名の日時を含む(14)氏名、ユーザー名、役割、意味、日時、タイムゾーンを表示する(13.6)印刷した記録に役割とタイムゾーンが出るか
署名と記録の結合署名を切り取り・複写・流用できないよう記録と結びつける(11.70)署名は対象の記録と恒久的に結びつく(14)署名後の変更はできないか、変更すれば未署名と分かる。紙の署名は記録のハッシュ値を印字する例(13.8、13.9)署名済みの記録を修正したら、署名が外れた状態で表示されるか
連続署名の再認証1回の連続したセッションでは2回目以降は構成要素1つでよい(11.200(a)(1))条文に記載なし署名ごとにログイン時と同等の再認証。連続署名はパスワードか生体認証。PINやログイン状態に頼るのは不可(13.3)連続署名でPIN入力だけに簡略化する設定が無いか

表を縦に読むと、3文書の差は「書いてあるか、書いていないか」より「どこまで具体的に書いてあるか」にあります。現行のAnnex 11とPart 11が「権限のある人に限る」と一行で済ませているところを、改訂案は共有アカウント、ICカード、ログアウト時間、管理者権限の持ち方まで降りて書いています。

六角形のタイル9枚。上段5枚と下段4枚。3文書すべてにある項目はアクセス制限、監査証跡、署名と記録の結合、バリデーションの4つ。改訂案で新たに明文化された項目は社外からの多要素認証、アラームログ、出荷前の証跡レビュー、USBポートの管理の4つ。Part 11だけが条文に書いている項目は順序と装置のチェック。 アクセス 制限 3文書共通 監査証跡 3文書共通 署名と記録 の結合 3文書共通 バリデー ション 3文書共通 順序・装置 チェック Part 11のみ明記 社外からの 多要素認証 改訂案で明文化 アラーム ログ 改訂案で明文化 出荷前の 証跡レビュー 改訂案で明文化 USBポート の管理 改訂案で明文化 3文書すべてにある 改訂案で新たに明文化 Part 11だけが明記 Part 11=21 CFR Part 11、現行=EU GMP Annex 11(2011年)、改訂案=2025年7月の意見募集版
3文書の対応範囲を9つの項目で見る。濃い茶は3文書すべてにある項目、砂色は改訂案で新たに明文化された項目、淡色はPart 11だけが条文に書いている項目(当サイト作図。各文書の条文を編集部が要約したもの)

軸1 アカウントと認証:共有ログインの扱いが最も大きく分かれる

3文書の差がいちばん大きいのは、現場の共有端末です。Part 11の11.300(a)は、IDとパスワードの組み合わせを2人で同じにしないことを求めています。現行のAnnex 11の12.1は、システムへの立ち入りを権限のある人に限る手段として鍵やパスカード、パスワード、生体認証を例に挙げるだけで、共有アカウントの可否には触れていません。

改訂案の11.1はここを言い切りました。読み取り専用(データも設定も変えられない)を除き、共有アカウントの使用はデータインテグリティの違反だという書き方です。11.3は、他人が使えてしまうトークンやICカードだけによる認証を不十分としています。秤量室や充填ラインで「ICカードをかざすだけ」の運用をしている工場は、改訂版が施行されれば見直しの対象になります。

ログイン後の振る舞いも書き込まれました。11.7は、連続して認証に失敗したアカウントの自動ロックです。11.8は、一定時間操作が無いときの自動ログアウトと、利用者がその時間を変えたり機能を切ったりできないことを求めます。11.9は、ログイン・ログアウトの時刻と役割を残すアクセスログです。さらに11.10は、GMP作業に関わる利用者に管理者権限を持たせない職務の分離と、最小権限の原則を求めています。製造部門の班長が、記録の入力とユーザー管理を同じアカウントで兼ねている構成は、この条項に引っかかります。

軸2 監査証跡:「理由」と「出荷前のレビュー」が書き込まれた

Part 11の11.10(e)は、安全でコンピュータが生成する、タイムスタンプ付きの監査証跡を求めます。作成・変更・削除の日時を独立に記録し、変更によって元の情報が見えなくならないことが条件です。ただし、変更の理由を残すことまでは条文に書かれていません。現行のAnnex 11の9は、GMPに関わるデータを変更・削除するときは理由を記録すること、監査証跡を定期的にレビューすることを求めますが、監査証跡を組み込むかどうか自体を「リスク評価にもとづき検討する」としています。

改訂案の12章は10項目に増えました。eBRの設計に直接効くのは次の4点です。12.2は「誰が・何を(旧値と新値)・いつ(タイムゾーンを含む)・なぜ」を記録し、値の変更時にシステムが理由の入力を自動で求めることとしています。記録は工程の最後ではなく、事象が起きた時点で残すことも明記されました。12.3は、監査証跡を常に有効かつ固定とし、設定やシステム時刻を変えた場合はその操作自体を証跡に残すこととしています。12.8は、監査証跡のレビューを原則として出荷判定の前に行うことを求め、12.10は出荷判定に影響するレビュー結果をQP(出荷判定者)がその時点で見られることを求めています。

12.9の一文も見落とせません。システムのデータを監査証跡を含めて完全な電子コピーとして取り出せること、そして検索・並べ替えのできない平坦なロック済みファイルは認めないことです。PDFで監査証跡を出力する機能しかない製品は、この項目で評価が分かれます。監査証跡の機能そのものの説明は監査証跡の記事で、Review by Exception(例外だけを確認する照査方式)との関係はeBR・eDHRの記事で扱っています。

軸3 電子署名:連続署名と、署名後の修正で差が出る

署名の表示は3文書ともほぼ同じ方向です。Part 11の11.50は氏名・日時・署名の意味(作成、確認、承認、責任など)を、改訂案の13.6はそれに加えてユーザー名、役割、必要に応じてタイムゾーンを表示することを求めています。米国と欧州の両方に出荷する工場なら、改訂案に合わせて表示項目を決めておけば両方を満たせます。

差が出るのは連続署名です。Part 11の11.200(a)(1)は、1回の連続したセッションの中で複数回署名する場合、最初の署名はすべての構成要素(IDとパスワードなど)を求め、2回目以降は本人だけが使える構成要素1つでよいとしています。改訂案の13.3は、署名のたびにログイン時と同等の再認証を求め、すぐ続けて署名する場合でもパスワードか生体認証によるものとし、ICカード、PIN、ログイン済みの状態に頼る方式は認めないとしています。工程の確認欄が多いeBRでは、署名1回あたりの操作時間が作業者の負担に直結します。PINで簡略化する設定を前提に運用を組んでいる場合は、改訂版の施行時に操作手順を書き換えることになります。

署名後の修正も確かめどころです。Part 11の11.70は署名を記録から切り取ったり、別の記録に流用したりできないよう結びつけることを求め、改訂案の13.8は署名済みの記録を変更できないようにするか、変更した場合は未署名と分かる状態にすることを求めます。紙の署名で電子記録を承認する「ハイブリッド」運用について、改訂案の13.9は記録のハッシュ値(チェックサム)を署名ページに印字する方法を例に挙げています。

軸4 入力・転送・装置:Part 11にしかない項目と、改訂案にしかない項目

ここだけは、Part 11のほうが具体的な項目があります。11.10(f)は、許された手順や事象の順序をシステムで強制する確認(たとえば秤量→投入→混合の順番を飛ばせないこと)を、11.10(h)は入力元の端末などの有効性を確かめる装置チェックを、必要に応じて求めています。現行のAnnex 11は、他のシステムと電子的にデータをやり取りする際の組み込みの確認(5)と、手入力された重要データの二重確認(6)を書いていますが、順序の強制は条文にありません。改訂案にも、順序の強制を名指しした項目は見当たりません。

一方、改訂案にしかない項目もあります。10.1は手入力された重要データの妥当性(想定範囲内か)をシステムで確かめて警告すること、10.2は、装置からLIMS(試験室情報管理システム)へといった定常的なデータの受け渡しを、手転記ではなくバリデーション済みのインターフェースで行うことを求めています。8章はアラームを新設し、重要なアラームの確認時にコメントを残すこと、アラームの記録をGMP作業者が止めたり編集したりできないことを求めています。15.15〜15.17は、サーバーやパソコンのUSBなど双方向のデバイスの使用を厳しく管理し、重要なサーバーとパソコンでは不要なポートを無効にすることを求めています。

eBRの受入試験でいえば、Part 11からは「手順の飛ばしを止められるか」、改訂案からは「秤量器の値を手で打ち直す運用が残っていないか」「ライン端末のUSBポートが開いていないか」を確認項目に加えることになります。医薬品工場の全体像は医薬品のMES導入の記事に、Part 11の条文構造と2003年ガイダンスの位置づけは21 CFR Part 11の記事にまとめています。

よくある質問

eBRの21 CFR Part 11チェックリストには、何を入れればよいですか

最低限、11.10の(a)〜(k)(バリデーション、記録のコピー、保存、アクセス制限、監査証跡、順序の確認、権限、装置の確認、教育訓練、責任の方針、文書管理)と、11.50(署名の表示)、11.70(署名と記録の結合)、11.200(署名の構成要素)、11.300(ID・パスワードの管理)を項目にします。EU向けの出荷がある場合は、Annex 11改訂案の11章(ID・アクセス管理)、12章(監査証跡)、13章(電子署名)を加えると、共有アカウントや連続署名の確認が抜けにくくなります。

電子バッチ記録の要件として、Annex 11改訂案はもう守る必要がありますか

2026年11月6日時点で改訂案は採択されておらず、EudraLex第4巻に載っているのは2011年改訂の現行版です。法的な要求は現行版ですが、改訂案は当局の考え方を具体的に示した文書で、移行期間も採択時に決まります。これから導入するeBRは改訂版の施行後も使い続ける可能性が高いため、選定の段階で改訂案の項目を確かめておくのが安全です。

Part 11とAnnex 11の両方を満たすには、どちらに合わせればよいですか

軸ごとに厳しいほうに合わせます。アカウント、監査証跡、電子署名は改訂案のほうが具体的で厳しく、順序の強制と装置の確認はPart 11のほうが明確に書いています。1つの文書だけに合わせると、もう一方の項目が抜けます。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス MESソリューション部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。