10:00 原料メーカーから連絡、最初の15分で要るのは「入荷ロット」
HACCPの記録が毎日きちんと付いていれば、回収のときもロットはすぐに追えるのか。HACCPの記録が証明するのは「加熱温度や金属検出が管理されていたこと」であって、「どの原料ロットがどの製品ロットに入ったか」ではありません。二つは別の記録で、後者が抜けていると、衛生管理は完璧でも回収範囲を絞れない工場になります。
この記事では、ある調味料工場(想定です。実在の工場ではありません)で、原料メーカーから回収の連絡が入った月曜日の午前10時からの1時間を追います。各時刻で「何の記録があれば答えられたか」を確かめ、MESで紐づけるロットの単位を決める材料にします。
午前10時、品質保証課の電話が鳴ります。小麦粉の納入元から「10月下旬に出荷した一部ロットに、そば粉が混入した可能性がある。対象は賞味期限の表示が◯年◯月◯日のもの」という連絡です。そばはアレルゲンで、表示の欠落は回収の理由になります。
担当者が最初に確かめるのは、その小麦粉が自社に入っているかどうかです。農林水産省の食品トレーサビリティ「実践的なマニュアル」(製造・加工業編のダイジェスト版)は、入荷と出荷の記録に「いつ・どこから(どこへ)・何を・どれだけ」の基本4項目を残すことを第一歩に置いています。そのうえで第二段階として、入荷した原料を管理する単位(入荷ロット)を決め、番号の付け方と表示方法を決めることを求めています。
マニュアルの記入例では、入荷日6桁・入荷先2桁・品名・賞味期限6桁をつないだ番号を入荷ロットとし、納品書の控えに賞味期限を書き足すだけで入荷記録を兼ねる方法を示しています。紙でもここまではできます。問題は、原料メーカーが「賞味期限」でロットを特定してきたのに、自社の受入記録が「入荷日」でしか引けない場合です。MESで受入を記録するなら、仕入先のロット番号と賞味期限を受入時にバーコードか手入力で必ず取り込み、自社の入荷ロット番号と1対1で持たせます。仕入先の識別子を捨てて自社番号に置き換えると、この10時の電話に答えるたびに納品書の束をめくることになります。
この工場では受入時に仕入先ロットを取り込んでいたため、10時15分には「該当する賞味期限の小麦粉は、25kg袋で40袋、10月24日に入荷」までが分かりました(数量は想定)。
10:15 どの製品ロットに入ったか、答えを決めるのは紐づけの単位
次の問いは「40袋の小麦粉が、どの製品ロットになったか」です。農水省のマニュアルが第三段階で求める「どの原料からどの製品ができたかがわかる記録」、いわゆる内部トレーサビリティの領域で、ここが紙の工場とMESの工場の差がいちばん出る場所です。
マニュアルの記録様式は、工程ごとに「作業開始時刻・投入した原料のロット番号・出来高・工程後のロット番号」を1行に書く形です。考え方はそのままMESに移せますが、どの単位で1行を作るかを決めないと、記録はあっても範囲を絞れません。この工場の小麦粉は、ミックス粉の仕込みと、たれの増粘の2系統で使われていました。
| 工程 | 紐づけの単位(例) | 細かくした場合の利点 | 粗くした場合に起きること |
|---|---|---|---|
| 受入 | 仕入先ロット×入荷日 | 原料メーカーの特定にそのまま答えられる | 同日に入った別ロットを区別できない |
| 小分け・秤量 | 秤量1回(容器ラベル単位) | 袋の一部だけ使った場合も量で追える | 1袋を複数バッチで使うと按分になる |
| 仕込み・配合 | 仕込みバッチ(釜・タンク1回) | 投入ロットと投入量が1対多で残る | 「その日に使った原料」までしか言えない |
| タンク混合・継ぎ足し | 移送1回ごとの入出量 | 混合比から影響範囲を量で示せる | 前後のバッチすべてが対象になる |
| 充填・包装 | 製造ロット(賞味期限+ライン+時間帯) | 印字とロットが一致し、店頭で見分けられる | 1日分すべてが同じロットになる |
| 出荷 | 製造ロット別の出荷数量 | 届出に販売先ごとの数量を書ける | 出荷先は分かっても数量が按分になる |
この工場では秤量をMESのハンディ端末で行い、容器ラベルのバーコードに入荷ロットを持たせていたため、40袋のうち32袋分がミックス粉の仕込み6バッチ、8袋分がたれ2バッチに入ったことが10時30分に出ました(数量は想定)。秤量を紙の作業日報で記録していたら、「10月24日以降に小麦粉を使ったバッチ全部」という答えになっていたはずです。秤量での照合の設計は秤量・調合の記事で扱っています。
10:40 製造ロットを確定し、届出の項目から逆算する
10時40分、対象はミックス粉の製造ロット9件と、たれの製造ロット3件に絞られました。たれのほうは、ライン洗浄の記録から、増粘工程の直後に別のたれを流していたことが分かり、そのロットも「おそれ」として同時回収の候補に加えます。
ここで担当者は、行政への届出に何を書くかを先に確かめます。食品衛生法第58条は、自主回収に着手した営業者に、遅滞なく都道府県知事等へ届け出ることを義務づけています。2021年6月1日に施行され、届出をしない、または虚偽の届出をした場合は50万円以下の罰金の対象です。厚生労働省と消費者庁のリーフレットは、アレルゲンや消費期限など安全性に関わる表示の欠落・誤り(食品表示法違反)も届出の対象に挙げています。
届出事項は、法第58条の委任を受けた共同命令(令和元年内閣府令・厚生労働省令第11号)の第2条に並んでいます。そのうち工場の記録から出すものを、MESとその周辺のどこで持つかに置き換えると次のようになります。
| 共同命令第2条の届出事項(抜粋) | 工場で必要になる記録 | 持つ場所の例 |
|---|---|---|
| 商品名・一般的な名称、表示の内容その他の特定に必要な事項 | 製造ロットと賞味期限・製造所固有記号の対応、印字検証の結果 | MES(製造ロット・印字検証) |
| 回収の対象と判断した理由 | 原料ロットの使用実績、ライン・洗浄の記録 | MES(系譜・工程記録) |
| 着手時点で判明している販売先、販売先ごとの販売日・販売数量 | 製造ロット別の出荷記録 | WMS・ERP(MESの製造ロットを引き継ぐ) |
| 回収の方法、着手年月日、危害の発生の有無 | 回収の判断記録、苦情の受付記録 | 品質管理(苦情・是正) |
「販売先ごとの販売日・販売数量」は、MES単体では答えられないことが多い項目です。出荷はWMSやERPで記録する工場が大半ですが、出荷側が製造ロットを持っていなければ、ロット別の数量が出ません。MESの製造ロット番号を、出荷指示とピッキングの段階で必ず引き継ぐ設計にしておくことが、11時の答えを左右します。届出された情報は自治体がCLASS I〜IIIに分類し、国のシステムで公表されます。
11:00 出荷先の一覧が出たあとで、要件として書いておくこと
11時、対象12ロットの出荷先14件と数量の一覧ができ、営業部門が取引先への連絡を始めます(件数は想定)。この1時間で工場が答えたのは、遡及(原料メーカーの特定)、内部トレーサビリティ(原料ロット→製品ロット)、追跡(製品ロット→出荷先)の3つで、農水省のマニュアルが3段階で示す順番と同じです。
振り返ると、時間を決めたのは次の3つの設計判断でした。受入で仕入先ロットと賞味期限を捨てずに持ったこと、秤量の1回ごとに入荷ロットを照合したこと、出荷側が製造ロットを引き継いでいたことです。逆に言えば、MESを入れていても、受入を「品目と数量」だけで登録し、出荷を「品目と出荷先」だけで記録している工場では、追跡はつながりません。系譜データの持ち方と検索性能の設計はジェネアロジー(系譜)の記事、食品工場のMES要件の全体像は食品製造のMES導入の業種ページにまとめています。
農水省は、HACCPに沿った衛生管理の計画と記録に合わせてトレーサビリティに取り組む「プラスワンのモデル」も公開しています。HACCPの記録表とロットの記録を別々に作るのではなく、同じ工程記録の1行に両方を載せる発想で、MESで工程記録を電子化するときにもそのまま使えます。
よくある質問
食品工場のロット管理は、MESを入れないとできませんか
できます。農林水産省の「実践的なマニュアル」は、納品書の控えと工程ごとの製造記録で入荷ロット・製造ロット・出荷先を対応づける紙の方法を示しています。MESが効くのは、秤量や仕込みの回数が多く紙では1回ごとの照合が続かない工場や、回収時の範囲特定を時間で約束したい工場です。
食品トレーサビリティで最低限残すべき記録は何ですか
農林水産省のマニュアルは、入荷と出荷の記録に「いつ・どこから(どこへ)・何を・どれだけ」の基本4項目を残すことを最初に求めています。そのうえで入荷ロットと製造ロットの単位と番号の付け方を決め、どの原料からどの製品ができたかを記録します。自主回収の届出では販売先ごとの販売日と数量も求められるため、出荷記録は製造ロット別に残すことが前提になります。
HACCPの記録があれば、食品のトレーサビリティも満たせますか
満たせません。HACCPの記録は重要管理点の監視結果を残すもので、原料ロットと製品ロットの対応は含まれません。農林水産省はHACCPの記録に合わせてトレーサビリティに取り組む「プラスワンのモデル」を公開しており、同じ工程記録にロットの対応を加える形が実務では扱いやすい方法です。
この記事に出てくる用語
規制がMESに求めるもの
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