変更条項を並べると、MESに届くのは半分以下
ISO 9001:2026は、ISO/TC 176/SC 2(品質マネジメントシステムを担当する分科委員会)が2026年9月16日に発行しました。2015年版から構成が大きく組み替わったわけではありません。認証機関DQSとBureau Veritasの解説を突き合わせると、要求事項の変更は次の7項目にまとまります。右端の列は、MES(製造実行システム)の記録・マスタ・画面に手を入れる必要があるかについての当社の見立てです。
| 条項 | 2026年版での変更 | MESへの影響(当社見立て) |
|---|---|---|
| 箇条3 | ISOマネジメントシステム規格の共通構造が、2021年版のHarmonized Structure(HS)に置き換わった | ほぼなし。用語の対応表を直す程度 |
| 箇条4 | 気候変動を外部の課題として考慮することを明記(2024年追補の取り込み) | 間接的。エネルギー実績を外部課題の評価に出す場合だけ |
| 5.1.1 | トップマネジメントに品質文化と倫理的行動の推進を要求 | あり。監査証跡の運用で裏づける |
| 5.2.1 e) | 品質方針を組織の戦略的方向性と結びつける | 小さい。KPI定義の見直し程度 |
| 6.1.2/6.1.3 | リスクへの取組みと機会への取組みを別の細分箇条に分離 | あり。マッピング表の番号が変わる |
| 7.3 | 認識(awareness)の対象に品質文化と倫理原則を追加 | あり。教育・力量記録の項目を増やす |
| 附属書 | 附属書Aを解説として大幅に拡充、関連規格を列挙していた附属書Bは削除 | なし |
DQSは、この版が「意図的に技術中立を保っている」と書いています。AIやデジタルツールに固有の要求は入っていません。
移行は5つの期日で進み、新規認証は2028年3月末で切り替わる
日程を決めるのはISOではありません。認定機関の国際的な枠組みであるGlobal ACI(Global Accreditation Cooperation)です。Global ACIは発行と同じ9月16日に移行要求文書「Global ACI-TECH-3-TR 2029-09-30 (M)」を公表しました。期間は3年で、認定機関、認証機関、認証を受ける組織の順に期日が並びます。
既存の2015年版認証は、定期のサーベイランス審査か更新審査、または単独の移行審査のどれかで切り替えられます。Bureau Veritasは期限後の2015年版認証について、有効性を失うと書いています。
日本の工場が気にしておきたいのは、移行審査を受けられる時期が認証機関の準備に左右される点です。認定機関の体制整備の期限が2027年3月31日に置かれているため、認証機関によっては2026年版での審査の受付開始がその前後になる可能性があります(推測)。そうなれば、3年の期間のうち実際に使えるのは後ろの2年強です。更新審査の年に移行を重ねたい工場は、その更新審査がいつ来るかを今のうちに数えておくと、MES側の改修をいつまでに終えればよいかが決まります。
MES側で手を入れる4か所
ここからは当社の実装経験にもとづく見立てです。条項が要求しているのは「組織が何をするか」であって、MESの機能ではありません。それでも、規格の運用記録をMESに置いている工場では、次の4か所が審査で見られる証拠に直結します。
1. 教育・力量記録(7.3)。認識の対象に品質文化と倫理原則が加わったことで、「作業者がそれを認識している」ことを示す証拠が要ります。MESの教育・力量管理機能で作業資格を管理している場合、教育コースのマスタに倫理・品質文化の項目を足し、受講記録を資格の有効期限と同じ仕組みで追えるようにします。資格と結びつけるかどうかは工場の判断です。結びつけないなら、受講の有無だけを持つ軽い項目で足ります。
2. 監査証跡の見方(5.1.1)。倫理的行動の推進はトップマネジメントの責任として書かれています。MESで示せるのは、記録の書き換えが起きたときに誰が気づき、どう扱ったかという運用の跡です。監査証跡を取っていても、定期的に読み返した記録がない工場は少なくありません。月次でレビューした事実を残すだけで、マネジメントレビューへのインプットになります。
3. 不適合・是正のマッピング番号(6.1.2/6.1.3)。リスクと機会が別の細分箇条になったため、品質機能を「6.1対応」のように条項番号で分類している工場では、マッピング表の番号を振り直すことになります。機能そのものを改修する必要はありません。改修が必要になるのは、画面や帳票の項目名に条項番号を直接焼き込んでいる場合です。
4. KPIの定義書(5.2.1 e)とエネルギー実績(箇条4)。品質方針と戦略の結びつきを示す材料として、MESから出している歩留まりや不良率の定義書が引かれることがあります。気候変動の考慮についても、MESが電力量や燃料使用量を工程別に持っているなら、外部課題の評価に添える数字になります。どちらも新しいデータを取る話ではなく、すでにあるデータの出し方の話です。
条項番号で作り込んだMESほど改修が膨らむ
2026年版で番号が動いた箇所は多くありません。それでも6.1の分離は、リスク評価の帳票を持つ工場には地味に効きます。当サイトのISO 9001とMESの対応表では、2015年版の条項をMES機能へ写像したうえで、機能は業務で設計し条項への対応は文書の層で管理するよう勧めました。今回の改訂で、この分け方の差がはっきり出ます。業務単位で作っていれば直すのは対応表1枚、条項単位で作っていれば画面と帳票の改修案件になります。
改修の規模を見積もるときに、もう一つ見ておきたいのが顧客監査です。ISO 9001の認証審査はおおむね3年に1度の更新サイクルで回りますが、顧客の二者監査は自社の基準で動きます。2026年版の用語で質問票を作り直す顧客が出てくれば、移行期限より前に新しい言葉で答える必要が生じます。顧客監査で見られる点についてはMESと監査対応の記事で整理しています。ここは推測ですが、自動車や医療機器のように顧客要求が細かい業種ほど、二者監査の質問票の改訂が先に来る可能性があります。
日本語で審査を受ける工場には、JIS Q 9001の改正版がいつ出るかという問題もあります。本記事の執筆時点では、日本側の発行日を一次情報で確認できていません。対応表や教育資料を日本語で作り直すのは、JIS版の訳語が固まってからでも遅くありません。英語版の条項番号で対応表を先に直しておけば、訳語の差し替えだけで済みます。
よくある質問
2015年版の認証はいつまで有効ですか?
Global ACIの移行要求では、2015年版で認証を受けている組織の移行期限は2029年9月30日です。これを過ぎると2015年版の認証は有効性を失います。また2028年3月31日以降、新規・初回の認定認証は2026年版でしか発行されません。これから初めて認証を取る工場は、2026年版で準備するほうが手戻りがありません。
MESのソフトウェア自体を2026年版対応にバージョンアップする必要はありますか?
規格の要求事項はMESの機能を指定していないので、規格改訂を理由にしたバージョンアップは基本的に不要です。必要になるのは、教育コースや帳票のマスタ設定、条項番号を埋め込んだ画面や帳票の修正、対応表の改訂です。ベンダーが「2026年版対応版」を案内してきた場合は、どの条項のどの要求に対応する変更なのかを確認してから判断してください。
移行審査では何を見られますか?
変更箇所である品質文化と倫理的行動、戦略との整合、リスクと機会の扱い、認識の対象拡大が中心になると見込まれます。認証機関ごとの審査の進め方は公開情報の範囲では異なるため、契約先の認証機関が出す移行案内を確認してください。MESの記録は、このうち認識(教育記録)と倫理的行動(監査証跡の運用)の証拠として使える場面があります。
- Global ACI Publishes Transition Requirements for ISO 9001:2026(Global ACI、2026年9月16日)
- ISO 9001:2026: Key Changes, Timeline & Transition Checklist(DQS)
- ISO 9001:2026 transition(DQS)
- The new ISO 9001:2026 is officially released(Bureau Veritas Switzerland、2026年9月23日)
- ISO 9001:2026 key changes and guidance(BSI)
