規格はそろったが、レジストリはまだ電池を受け付けていない
欧州委員会のDG GROWが2026年9月16日に公開した「DPP Registry User Guide for Economic Operators」v1.03の第6章には、目立つ注記があります。電池の製品グループについて意味カタログ(semantic catalogue、登録項目の定義集)がまだ定義されていないため、現時点ではDPPの登録を完了できない、という一文です。レジストリ自体は2026年7月20日に稼働していますが(経緯はDPPレジストリ稼働の記事を参照)、最初の対象である電池でさえ、登録画面は用意されていても受付が始まっていません。
その前日、9月15日には欧州規格EN 18239(アクセス権管理・情報システムセキュリティ・営業秘密の保護)とEN 18246(データの真正性・信頼性・完全性)が発行されました。規格カタログ上の段階は「6060(確定版テキスト提供)」です。いずれもCENとCENELECの合同技術委員会JTC 24が、欧州委員会の標準化要請M/604にもとづいて作ったもので、作業部会はWG 3(Security)です。これで、ESPR(エコデザイン規則、規則(EU) 2024/1781)を支える水平規格8本がすべて発行済みになりました。
先行6本のうち、EN 18216(データ交換プロトコル)、EN 18219(一意識別子)、EN 18220(データキャリア)、EN 18222(API)は2026年5月26日に発行されています。CEN-CENELECは7月の解説記事で、8本中6本がすでにEU官報に引用され、引用された整合規格に正しく従ったDPPは「適合の推定」を受けると説明しています。欧州委員会のDPPページの年表には、残り2本についての実施決定が「2026年9月」と書かれていますが、その官報掲載を本稿執筆時点(10月3日)で確認することはできませんでした。
8本を「誰が書くデータか」で並べ替える
8本の規格は番号順に読むと、どれも同じ重みに見えます。MESの担当者にとって有効なのは、各規格が対象とするデータを工場の中で最初に作るのは誰か、という観点で並べ直すことです。下の表は、規格カタログに載っている各規格の範囲(scope)の要約をもとに、当社の見立てで責任の所在を振り分けたものです。振り分けは推測を含み、規格本文で確かめたものではありません。
| 規格 | 対象 | 範囲の要点(カタログ記載) | 最初にデータを作る場所(当社の見立て) |
|---|---|---|---|
| EN 18219 | 一意識別子 | 製品・経済事業者・施設の3種。製品はモデル/バッチ/個体の3粒度。製品向けに5つの識別方式 | MES(バッチ番号・シリアルの採番) |
| EN 18220 | データキャリア | Data Matrix、QRコード、NFC、RAIN RFID。印字品質・耐久性・貼付位置。スマートフォンのOS標準機能で読めること | MES(印字・刻印工程と読取検査) |
| EN 18246 | 真正性・完全性 | 電子署名付きデータ構造(ESDC)。W3C Verifiable Credentialsなどを参照 | MESまたは連携層(署名をどこで付けるか次第) |
| EN 18239 | アクセス権 | 公開データは制限なし。製造者・輸入者・修理事業者・リサイクル業者・当局などに権限を割当、処理ログを残す | 情報システム部門とDPP基盤(区分の判断材料はMESが持つ) |
| EN 18222 | API | DPPの作成・読取・更新・削除、レジストリ登録、日付指定での版履歴取得。REST/HTTPSへの対応づけ | DPP基盤(MESは呼び出し側) |
| EN 18216 | データ交換プロトコル | HTTPS(TLS 1.2以上、1.3推奨)、HTTP/2以上、JSON主体でXML・JSON-LDも可 | DPP基盤・連携層 |
| EN 18221 | 保管・アーカイブ・永続性 | 規格名のとおり保管と長期利用可能性を扱う | DPP基盤・サービス事業者 |
| EN 18223 | システム相互運用性 | 規格名のとおりシステム間の相互運用性を扱う | DPP基盤 |
太字にした3本は、工場の中でしか作れない値を扱います。EN 18219の個体識別子は、製品が組み上がったその場で採番されなければ意味がありません。EN 18220が求める印字品質と耐久性は、マーキング装置とその後の読取検査で決まります。EN 18246の署名は、データが後から書き換えられていないことを示す仕組みなので、データが生まれた場所に近いほど説明が単純になります。残る5本は、DPPデータを置いて外部に見せる基盤の側でほぼ完結します。MESから見れば、それらは接続先の仕様です。
レジストリはDPPの中身を持たない、という設計の意味
9月16日版の利用ガイドは、レジストリとDPP本体の関係をはっきり書いています。レジストリが記録するのは、DPPを特定してたどり着くための情報の一部、たとえば一意の製品識別子とパスポートの置き場所です。製品・持続可能性・適合に関するDPPデータ本体は、経済事業者自身か、事業者が指定したサービス事業者が保持し、製品のライフサイクルを通じて利用可能で正確な状態に保つ責任を負います。ガイドの言葉では、DPPデータは「常に解決可能でなければならない」ものです。
登録の単位も具体的です。必須項目は一意製品識別子(UPI)で、JTC 24の規格に適合したURL形式、最大2,000文字と定められています。モデル識別子とバッチ識別子は任意項目です。粒度はモデル・バッチ・個体の3段階から選ぶ設計ですが、電池については個体(item)だけが選べる状態で固定されています。登録方法は画面のフォームで1件ずつ入力するか、JSONまたはXMLのファイルで最大100件をまとめて送るかの2通りで、送信ごとに相関ID(correlation ID)が振られ、検証の進み具合はダッシュボードで追う仕組みです。
この設計がMESにとって意味するのは、DPPの「中身」も「入口」も工場の外に置かれる一方で、その両方をつなぐ鍵、つまりUPIは工場の中で生まれる、という点です。たとえば1日に5,000個の電池パックを出荷する工場が個体単位で登録するなら、100件ずつのファイルで1日50回の登録が必要になります(当社の試算。ガイドが今後、API経由の登録などを追加するかどうかは現時点で分かりません)。手作業で回る量ではないので、MESの出荷実績からファイルを組み立てる処理を、レジストリ側の受付開始より前に用意しておく必要があります。
MES側で先に決めておく3つの設計判断
規格がそろったことで、製品別の委任法令を待たずに決められることが増えました。どれも後から変えると過去の出荷分の扱いが問題になる判断です。
最初に固めたいのは採番の粒度と形式です。EN 18219は製品識別子にモデル・バッチ・個体の3粒度を認め、製品向けに5つの識別方式を挙げています。現在のロット番号やシリアル番号を、そのまま、またはURLの一部として組み込めるかを確かめてください。社内でしか一意でない番号をそのまま使うと、世界で一意であることが求められる識別子にはなりません。採番ルールの設計はシリアライゼーションの記事で詳しく扱っています。
次が、記録データの公開区分です。EN 18239は、公開データには読み取り制限をかけない一方で、それ以外のデータには権限の割当・認証・委任と処理ログを求めています。MESが持つ工程パラメータや材料の調達先は、競争上の情報であることが多いはずです。DPPに出す項目を「公開」「特定の利害関係者向け」「出さない」に分ける表を、品質保証と知財の担当者を交えていまのうちに作っておくと、委任法令が出たときに項目を当てはめるだけで済みます。
署名をどこで付けるかは、3つのなかで最も工場の構成に左右されます。EN 18246は電子署名付きデータ構造を軸にしています。MESで記録が確定した時点で署名するのか、DPP基盤に送ってから基盤側で署名するのかで、改ざんされていないことを説明できる区間が変わります。前者ならMESから先の経路全体を証明できますが、MESに鍵管理の仕組みが必要になります(当社の見立て)。
DPPの欧州規格8本はどこで入手できますか
CEN/CENELECの規格は、欧州各国の標準化機関や規格販売事業者から有償で購入します。規格番号と範囲の要約は規格カタログで無償で確認できます。EU官報に引用された整合規格に従ったDPPは、ESPRの該当要件に適合していると推定されます。
レジストリに登録すればDPPの対応は終わりですか
終わりません。欧州委員会の利用ガイドv1.03によれば、レジストリが持つのは一意製品識別子やDPPの所在などの登録情報だけで、DPPデータ本体は事業者または事業者が指定したサービス事業者が保持し、ライフサイクルを通じて利用可能で正確な状態に保つ責任を負います。
日本の工場から欧州に輸出していなくても関係がありますか
ESPRや電池規則の対象製品をEU市場に出す事業者には義務がかかるため、直接輸出していなくても、欧州向け製品の部品や材料を納める立場であれば、取引先からDPP用のデータ提供を求められる可能性があります。どの項目が求められるかは製品グループごとの委任法令と取引契約によって決まります。
- Digital Product Passport, the cornerstone for the implementation of sustainability and circularity on the European Single Market(CEN-CENELEC、2026年7月)
- EN 18246:2026 Digital Product Passport - Data authentication, reliability and integrity(規格カタログ iTeh Standards、2026年9月15日発行の記録)
- EN 18239:2026 Digital Product Passport - Access rights management, information system security, and business confidentiality(規格カタログ iTeh Standards、2026年9月15日発行の記録)
- EN 18219:2026 Digital Product Passport - Unique identifiers(規格カタログ iTeh Standards、2026年5月26日発行の記録)
- EN 18220:2026 Digital Product Passport - Data carriers(規格カタログ iTeh Standards、2026年5月26日発行の記録)
- EN 18222:2026 Digital Product Passport - APIs for the product passport lifecycle management and searchability(規格カタログ iTeh Standards、2026年5月26日発行の記録)
- EN 18216:2026 Digital Product Passport - Data exchange protocols(規格カタログ iTeh Standards、2026年5月26日発行の記録)
- DPP Registry User Guide for Economic Operators v1.03(European Commission DG GROW、2026年9月16日)
- Digital Product Passport(European Commission、年表)
この記事に出てくる用語
規制がMESに求めるもの
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