2.0版の手引きと「13」という数字

欧州電池規則が車載電池にライフサイクルのGHG排出量の提出を求め、国内では蓄電池のCFP(カーボンフットプリント)・DD(デュー・ディリジェンス)や自動車LCA(ライフサイクルアセスメント)のデータ連携ガイドラインが先に整備されてきました。ユースケースごとに書かれたガイドラインは、要件が文書ごとに散らばり、次の業界が流用しにくいという問題を抱えています。そこで共通部分を抜き出したのが、IPA(情報処理推進機構)が2026年10月30日に2.0版を公開した「データ連携の仕組みに関するガイドラインの手引き サプライチェーン共通編」です。

発行者は経済産業省とIPAのデジタル&AIシステムズ・デザインセンター(DADC)で、PDFは84ページあります。改訂履歴によると、2025年12月16日のパブリックコメント版(1.0版beta)、2026年3月10日の1.0版を経た3回目の版です。2.0版での変更は大きく3つあります。参照アーキテクチャODS-RAM(Open Data Spaces Reference Architecture Model)のV2に合わせて第2章の原則を7項目から6項目(データ主権、トレーサビリティ、トラスト、相互運用性、サービス多様性、標準への準拠)に組み替えたこと。「データスペース」「データ連携基盤」という言葉を「データ連携の仕組み」に、「運営事業者」を「データ連携のサービス提供者」に言い換えたこと。そして公益デジタルプラットフォーム運営事業者認定制度との関係を書き分けたことです。手引き自体は同制度が指定する文書ではなく、準拠確認の対象になり得るのは手引きをもとに書かれる個別ガイドラインのほうだ、と明記されました。

想定読者は個別ガイドラインの作成者とデータ連携サービスの企画者で、工場のMES担当者ではありません。それでも第3章の「13の商流パターン」は、データを出す側の工場がどんな例外処理を抱えるかの一覧として読めます。手引きは、パターンごとに仕組みを積み上げるのではなく、組み合わせにも対応できる汎用的な仕組みにせよと求めています。逆に言えば、工場側の台帳もこの13パターンを前提に作る必要があります。

13パターンを想定の部品工場に置いてみる

以下は試算のための想定です。実在の工場ではありません。自動車のティア1部品メーカーの1工場で、出荷品番40、仕入品180品番、仕入先45社という規模を置きました。各パターンに該当する品番数や件数は、当サイトがこの規模の工場でありそうな値として仮に置いたもので、品番同士は重複しないものとして数えています。

#手引きのパターン想定工場での該当数(仮定)起点になる社内データ
①同部品・異商流(仕入れ):同じ品番を複数社から購買14品番(2社ずつ)購買の手配先マスタ、MESの投入実績(どの仕入先ロットを使ったか)
②同部品・異商流(納品):同じ品番を複数の納品先へ出荷12品番(納品先2社ずつ)受注・出荷実績
③同部品・異工場(仕入れ):同じ会社の複数工場から6品番受入検査の記録(工場コード)
④異材料・異単位:kgやLで納入される材料18品番(樹脂・塗料など)BOMの使用量と単位、MESの実消費量
⑤同部品・異データ値:再エネ電力ラインと通常ライン出荷4品番MESの製造ライン実績、ライン別の電力量
⑥直送手配:商社経由で直送22品番購買の取引先区分
⑦支給品:納品先から支給される部材8品番支給品の受払記録
⑧社内連携:社内の別工場からの内製品10品番拠点間の振替伝票、各工場のMES
⑨回答不可:小規模仕入先が回答できない12品番(9社)2次データ(業界平均値など)で代行入力
⑩データ連携の仕組み不参加:海外仕入先など10品番(6社)別手段での受領ルール
⑪仕入先変更年6件購買の変更履歴、4M変更記録
⑫データ更新:工程・動力源の変更年8件(4M変更24件のうち連携データに影響するもの)MESの工程変更記録、設備・電力の変更
⑬同部品・異商流(再回答):回答済み品番に別の納品先から依頼年3件過去の回答履歴

仕入品側の①③④⑥⑦⑧⑨⑩を足すと100品番です。想定の180品番のうち56%が、仕入先に依頼を出して回答を受け取るだけの「1対1」では済まない品番になりました。この比率は置いた仮定に強く依存するので、数字そのものより「標準外が半分を超えても不思議ではない」という感触を持ち帰ってください。手引きも、13パターンは自動車・蓄電池の関係者の議論を踏まえて整理されたもので、個別ガイドラインが産業のニーズに合わせて取捨選択すると注記しています。

試算から見える依頼と回答の量

同じ想定で、データ連携の仕組みに乗せる初回の依頼と回答の件数を数えます。

項目計算件数(試算)
川上への依頼(社外)仕入品180 − 社内連携10 − 支給品8 = 162品番、①の複数社手配で+14176件
うち仕組みの上で回答を受け取れる見込み176 − ⑨回答不可12 − ⑩不参加10154件
社内の別工場との依頼・回答(⑧)内製10品番10件
川下からの依頼への回答出荷40品番 + ②の複数納品先で+1252件
年間の更新・再回答⑪6 + ⑫8 + ⑬317件/年

初回はおよそ240件の依頼・回答が動き、その後は年17件、月に1〜2件のペースで更新が発生する計算です。⑫の1件は、自社の連携データを算出し直し、それを使っている川下への回答をすべて更新する作業を伴います。想定工場で再エネ電力ラインへの切替が1件起きると、そのラインで作る出荷品番の回答が書き換わり、②に当たる品番なら納品先2社分の更新になります。

もう1つ見ておきたいのは、⑤「同部品・異データ値」です。同じ品番でも作ったラインによってCFPが違うなら、仕入先は異なるデータの部品として登録できるようにする、と手引きは書いています。これは出荷ロットごとに「どのラインで作ったか」を引けることが前提で、その記録を持っているのはMESです。ライン別の電力量まで取れていない工場では、⑤に当たる品番は工場平均値で回答するしかありません。

MESのデータが入り口になる業務

手引きは第3章で、最川下・川中・最川上の企業が担う業務を12に分けています。このうちMESの記録が直接の材料になるのは、次の3つの束です。

3枚のカード。1枚目は業務2と3の製品情報の整理と自社分の連携データの準備で、MES側の材料は製品と仕入品の構成、ロットとトレース識別子の対応。2枚目は業務8の連携データの算出で、MES側の材料はライン別の生産実績、実消費量、電力量。3枚目は業務10から12の変更の把握と連携データの更新で、MES側の材料は4M変更記録、設備・動力源の変更履歴。 1 業務2・3 製品情報の整理、連携データの準備(自社分) MES側の材料:製品と仕入品の構成(製造BOM・投入実績) ロット・シリアルと、仕組みが発行するトレース識別子の対応表 2 業務8 連携データの算出 MES側の材料:ライン・設備別の生産実績、材料の実消費量 ライン別の電力量(パターン⑤の作り分けを回答する根拠) 3 業務10〜12 変更の把握、影響の反映、連携データの更新 MES側の材料:4M変更の記録、工程・設備・動力源の変更履歴 試算では年8件(パターン⑫)
手引きの業務一覧(12業務)のうち、MESの記録が起点になるもの(手引き第3章の業務一覧をもとに当サイトが作図。MES側のデータは当サイトの整理)

1つ目の束で出てくるのが「トレース識別子」です。手引きは、データ連携の仕組みが製品ごとにUUIDなどの衝突しない識別子を発行し、それを紐付けて「製品と仕入品の構成関係」と「企業間の取引関係」を記録する方式を示しています。各社の機密性の高い構成情報(BOM)そのものを開示する必要はなく、仕入品を川上へたどれればよい、という設計です。MES側では、自社のロット番号やシリアル番号とトレース識別子の対応を持つ必要があります。系譜(ジェネアロジー)を持つMESなら、ジェネアロジー管理の記事で扱った「どのロットにどの仕入ロットが入ったか」の記録が、そのまま対応表の元になります。

識別子の設計も具体的です。事業者識別子は国内向けに法人番号(13桁)、海外連携向けに法人番号かLEI(20桁の英数字)が候補とされ、事業所(工場・製造場所)の識別子は事業者識別子に6桁の任意の数字を足す形が例示されています。社内の工場コードがこの6桁にどう対応するかは、早めに決めておけるところです。GS1のGLNで拠点を管理している企業は、GS1標準の記事で扱った既存の拠点コードとの対応表も必要になります。

3つ目の束は、年に数件という頻度の低さが落とし穴です。4M変更(人・機械・材料・方法の変更)の記録がMESや品質システムにあっても、それが連携データの更新につながる経路がなければ、川下への回答は古いまま残ります。手引きは第6章のデータ設計で「依頼・回答情報」や「連携データ情報」といったデータの項目例を示しており、変更管理の起票画面に「連携データへの影響あり/なし」の欄を1つ加えるだけでも、この経路の入口になります。欧州側の動きはEU電池規則の記事とCatena-Xの記事にまとめています。手引きはODS-RAMの参照を「推奨」と位置付けるにとどめ、海外のデータスペースとの相互接続の具体策までは書いていません。そこは個別ガイドラインや今後の改訂で詰められていくと編集部は推測しています。

この手引きに従う義務はありますか?

手引き自体に従う法的な義務はありません。2.0版は、公益デジタルプラットフォーム運営事業者認定で準拠確認の対象になり得るのは個別ガイドラインであり、手引きは同制度が指定する文書ではないと明記しています。工場が実際に向き合うのは、取引先から求められる個別ユースケース(蓄電池CFP・DD、自動車LCAなど)の要件です。

1.0版を読んでいれば2.0版は読み直さなくてよいですか?

業務要件と13の商流パターンの中身は大きく変わっていませんが、用語が変わっています。「データスペース」「データ連携基盤」は「データ連携の仕組み」に、「運営事業者」は「データ連携のサービス提供者」に置き換えられました。社内文書や要件定義で1.0版の用語を使っている場合は、P.3の対照表で読み替えておくと取引先との会話がかみ合います。

MESがない工場は対応できませんか?

対応はできますが、回答の粒度が粗くなります。工場全体の電力量と生産量から按分した平均値で回答することはできても、パターン⑤のようにライン別に異なる値を出すには、ライン別の実績と電力量の記録が必要です。どこまでの粒度を求められるかは個別ガイドラインと取引先の要求次第なので、まずは要求を確認してください。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス MESソリューション部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。