8組織が最初に選んだ題材は「委託先への技術移転」

8つの組織が創設に名を連ねた非営利団体が、医薬品の技術移転をPDFから構造化データへ移そうとしています。Rockwell Automationは2026年10月8日、ミルウォーキー発のプレスリリースで、自社がDigital CMC Consortiumの創設メンバーであると発表しました(業界メディアでは前日の10月7日付でも報じられています)。CMCはChemistry, Manufacturing and Controlsの略で、医薬品の製法・品質管理に関する情報の総称です。承認申請書の品質パートも、製造所間で受け渡す製法情報も、この範囲に入ります。

創設に関わったのはRockwell Automation、Novartis、Thermo Fisher Scientific、武田薬品(Takeda)、Flagship傘下のPioneering Medicines、Stellix、ZS Associates、QbDVisionです。議長はQbDVisionのMike Stapleton氏、共同議長はNovartisのAchim Frauenschuh氏が務めます。業界誌Drug Development & Deliveryによれば、団体は米国の501(c)(6)非営利法人として運営され、競合関係にある企業どうしが共通の土台をつくる「前競争的」な協業と位置づけられています。

発表文が挙げる短期の優先課題は、治験薬や医薬品の開発企業(スポンサー)と製造受託企業(CDMO)の間の技術移転と、構造化された知識の交換です。長期では、知識管理、文書の自動作成、デジタルツイン、AIまでをCMCのライフサイクル全体でつなぐとしています。保健当局に対して業界として一つの立場で働きかけ、社内業務と承認申請の両方に使える標準をつくる方針も示されました。

項目2026年10月11日時点で公表されていることまだ公表されていないこと
体制創設8組織、議長・共同議長、501(c)(6)非営利法人会員数、会費、日本での活動
最初の題材スポンサーとCDMOの間の技術移転、構造化された知識交換対象とする剤形・モダリティの範囲
成果物会員向けに構造化データモデル、標準テンプレート、実装ガイダンスを提供データモデルの項目定義、公開範囲、ライセンス
既存規格との関係公式サイトはFAIR原則に沿う標準と説明ISA-88、B2MML/BatchMLなど製造側の規格との対応
規制当局当局への働きかけと申請に使える標準を目指す当局側の関与の有無、時期

公式サイト(digitalcmc.org)には、最初の成果を6カ月以内に出すこと、Phase 1の概念実証の成果物があることが書かれています。ただし10月11日時点で、仕様そのものは一般には公開されていません。発表文にもサイトにも「MES」「バッチ記録」「ISA-88」という語は出てきません。

受け取った技術移転データは、MESのどこに着地するか

技術移転で渡される情報について、議長企業のQbDVisionは2025年1月10日のブログで、単位操作と工程手順、原材料、設備、工程パラメータ、物質特性、工程内管理、管理戦略とその根拠、リスク評価などを挙げています。同じ記事は、McKinseyの報告を引いて技術移転には平均24〜30カ月かかるとしています。ただしこれはコンソーシアムの発表ではなく、議長企業が自社製品の文脈で引用した二次的な数字です。

受け手の工場で、これらの情報が最終的に入る先の一つがMESです。下の図は、技術移転パッケージの主な中身が受け手側MESのどこに着地するかを編集部が整理したものです。

技術移転パッケージを中央に置き、周囲の6つの六角形に、単位操作と手順はMBRの工程へ、工程パラメータは設定値と許容範囲へ、原材料と物質特性は品目マスタとBOMへ、設備は設備クラスへ、工程内管理は記録項目と判定基準へ入り、管理戦略とリスク評価はMESでは参照するだけ、という対応を示した図。編集部の整理でありコンソーシアムの仕様ではない 技術移転 パッケージ 単位操作・ 手順 →MBRの工程 工程 パラメータ →設定値・範囲 原材料・ 物質特性 →品目・BOM 設備 →設備クラス 工程内管理 →記録項目・ 判定基準 管理戦略・ リスク評価 →参照のみ 読み方 中央:送り手が渡す技術移転 パッケージ 濃い六角形:MESのマスタや MBRに値として入る項目 淡い六角形:MESは参照する だけで、値としては持たない 「→」の先は受け手側MESでの着地先。 編集部の整理で、コンソーシアムの 仕様を図にしたものではない。
技術移転パッケージの中身と、受け手側MESでの着地先(編集部の整理。Digital CMC Consortiumの仕様を図にしたものではない)

濃い色の5つは、MESのマスタやマスタバッチレコード(MBR、承認済みの製造指図の雛形。eBR・eDHRの記事を参照)に値として入る項目です。単位操作と手順はISA-88でいう手順の階層に、工程パラメータは設定値と許容範囲に、原材料は品目マスタとBOMに、設備は設備クラスに、工程内管理は記録項目と判定基準になります。淡い色の管理戦略とリスク評価は、MBRの設計根拠としては参照されますが、MESが値として持つことは通常ありません。

今回のコンソーシアムが構造化しようとしているのは、図の中央、送り手側の情報です。受け手側のMBRの形式まで決めるとは発表されていません。そのため、データが構造化されて届いても、受け手のMESのマスタ構造と項目の粒度が合わなければ、結局は人が読み替えて入力することになります。準備すべきなのはこの継ぎ目です。

今週:自社がどちら側に立つのか、誰が窓口かを決める

最初に決めるのは、自社がスポンサーとして技術移転パッケージを「出す側」なのか、CDMOや自社の別工場として「受ける側」なのか、あるいは両方なのかです。出す側なら研究開発・CMC部門、受ける側なら製造所のMES担当と品質保証が主な関係者になり、追いかける情報も変わります。

  1. 直近2年の技術移転案件を一覧にし、自社が出した案件と受けた案件を分ける
  2. コンソーシアムの動向を追う担当を1人決める。CMC部門とMES担当のどちらが持つかを明確にする
  3. 取引のあるCDMOや委託元が創設8組織に含まれるか、今後の会員発表で含まれるかを確認する項目に加える

今月:直近の移転案件1件で、転記の箇所を数える

仕様が公開されていない段階で効果を見積もる方法は、自社の過去案件を1件選び、受け取った文書からMBRができるまでの転記を数えることです。調べるのは次の4点です。

  1. 受け取った文書の種類と形式(PDF、Word、Excel、メール本文)
  2. MBRの項目のうち、受け取った文書から値を写した項目の数と、写すために開いた文書の数
  3. 単位や表記の読み替えが必要だった項目(mg/g、「約」付きの数値、範囲の書き方の違い)
  4. 送り手への問い合わせの回数と、回答待ちで止まった日数

この棚卸しは、構造化データを受け取れるようになったときに減る作業の上限を示します。数字が小さければ、コンソーシアムの動向は監視にとどめれば足ります。大きければ、次の四半期の準備に予算を付ける根拠になります。

今四半期:MBRの項目定義を外に出せる形にしておく

12月末までに目指したいのは、自社MESのMBRで使っている項目の定義を、システムの画面ではなく表として取り出せる状態にしておくことです。工程パラメータであれば、名称、単位、設定値、上下限、記録の要否、判定ロジックの有無といった列です。外部の仕様が公開されたとき、この表があれば対応づけの作業にすぐ入れます。

  1. MBRの項目をMESから一覧で出力し、項目名の表記ゆれ(同じパラメータに複数の名称)を洗い出す
  2. 工程と手順の階層がISA-88の手順モデルとどう対応しているかを1枚にまとめる(レシピ・処方管理の記事の整理が使えます)
  3. 製品ごとにMBRを作っている場合は、共通化できる部分(工程のテンプレート)と製品固有の値を分ける
  4. 使っているMES製品の標準機能に、外部データからMBRを生成する入口(インポート機能やAPI)があるかをベンダーに確認する

なお、製造側の情報交換にはMESA InternationalのB2MML/BatchMLという既存のXMLスキーマ(GitHubではJSONスキーマ版も公開)があり、ISA-95とISA-88のデータモデルを実装したものとして使われています。コンソーシアムの成果がこれとどう関係するかは発表されていません。両者がつながるかどうかは、受け手側MESの対応工数を大きく左右するため、仕様が公開されたら最初に確かめる点の一つです。

よくある質問

Digital CMC Consortiumのデータモデルは誰でも使えますか

2026年10月11日時点では公開されていません。発表では、構造化データモデル、標準テンプレート、実装ガイダンスは会員が利用できるものとして説明されています。一般公開の有無やライセンス条件は示されていません。

MESベンダーは対応を表明していますか

創設メンバーのうちMES製品を持つのはRockwell Automationですが、発表文は同社製品の対応には触れていません。Körber(PAS-X)などほかの製薬向けMESベンダーの参加も、10月11日時点では発表されていません。

CDMOとして受ける側ですが、今すぐ何か投資が必要ですか

仕様が出ていないため、システム投資を急ぐ理由はありません。過去案件1件での転記の棚卸しと、MBR項目定義の一覧化は社内の工数だけで進められ、仕様の中身にかかわらず無駄になりません。

この記事に出てくる用語

MES用語集(日・英・中)をすべて見る

この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス MESソリューション部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。