答えられなければならないのは、勤怠ではなく担当の事実

品質不具合が発生し、原因の切り分けが必要になったとします。設備の条件は記録されている。材料のロットも追える。では、「該当ロットの工程Cを、実際に誰が実施したか」は追えるでしょうか。

多くの工場でここが空白になります。勤怠システムには「その日、その人が出勤していた」ことしか記録がなく、シフト表には「その人がそのラインに配置されていた」ことまでしか書かれていません。実際にどのロットのどの工程に手を下したかは、紙の作業日報に残っているか、あるいはどこにも残っていません。

MESの作業者管理(Labor Management)が担うのは、この空白を埋めることです。勤怠管理システムの置き換えではなく、工程実績に人を紐づける機能だと理解します。両者を混同したまま要件定義を進めると、「MESで残業時間を計算したい」という要求が入り込み、労務管理の法令要件までMESが背負うことになります。

作業者管理は3つの層でできている

識別・資格判定・実績記録の3層と、着手可否判定のフロー ① 識別 ICカード/生体/ID入力 「誰がいま端末の前にいるか」 ② 資格判定 力量・教育履歴・有効期限 「この工程をやってよいか」 ③ 実績記録 工程・ロット・時刻に紐づけ 「誰が実施したか」を残す 判定に使う条件:工程が要求する資格 × 本人の保有資格 × 有効期限 × 版の教育完了 すべて満たす → 着手を許可 実績に作業者IDを記録して開始 満たさない → 着手を止める 理由を提示し、代替者か承認へ誘導 例外承認:誰が許可できるかを定義し、必ず記録に残す 承認が無記録だと「止める機能」は事実上機能しない
作業者管理の3層。識別だけでは足りず、資格判定を通ってはじめて着手が許可される。

3層のうち①だけを実装したシステムは珍しくありません。ICカードで誰が端末を操作したかは分かるが、その人がその工程をやってよいかは判定していない。この状態では、記録は残っても統制は効いていません。

設計で決めなければならない4つのこと

1. 識別方式:手袋・防塵服・共用端末をどう扱うか

ICカード、生体認証、ID・パスワード、バーコード付きの名札。選択は現場の作業環境に強く依存します。手袋を外せない工程で指紋認証は成立しませんし、防塵服を着る現場ではカードリーダーの位置が問題になります。

より実務的な論点は、共用端末での「なりすまし」と「ログアウト忘れ」です。1台の端末を複数人が使う場合、前の人のIDのまま次の人が操作する事故が必ず起きます。対策は、作業単位で毎回スキャンさせる(操作回数は増えるが確実)か、一定時間の無操作で自動ログアウトする(緩いが負担が軽い)かの選択になります。実績の正確さがどこまで求められるかで決めてください。

2. 資格の判定タイミング

資格判定は「着手時」に行うのが基本ですが、それだけでは不十分な場合があります。長時間の作業では、着手時に有効だった資格が作業中に期限切れになることがあります。また、作業標準書が改訂された場合、新版に対する教育を受けていない作業者が旧版の知識で作業を続けることになります。

判定を入れるべきポイントは、①着手時、②作業の再開時、③文書改訂の反映時、の3つです。すべてで止めると現場が回らなくなるため、「止める」のか「警告して続行させる」のかを、資格の種類ごとに区別する設計が実務的です。

3. 複数人作業・応援・掛け持ち

1つの工程を2人で行う、1人が3台の設備を掛け持つ、他部署から応援が入る。この3つは、単純な「1工程=1作業者」のモデルでは表現できません。

  • 複数人作業:主担当と副担当を区別するのか、全員を対等に記録するのか。責任の所在をどう定義するか
  • 掛け持ち:1人が同時に複数の作業に紐づくと、作業時間の按分が必要になる。按分ルールをどう決めるか
  • 応援:所属部門と作業した部門が異なる場合、実績はどちらに計上するか

このうち掛け持ちの時間按分が最も揉めます。原価計算に労務費を渡す場合、按分方法の違いが原価の違いとして表れるためです。按分ルールは経理と合意したうえで決めてください。

4. 間接作業をどこまで記録するか

段取り、清掃、朝礼、部品待ち、設備待ち。直接作業以外の時間をどこまで細かく取るかは、収集の負担と分析価値のトレードオフです。

初期は「直接作業」「段取り」「その他」の3分類で始め、運用が定着してから細分化するのが安全です。最初から20分類を用意すると、現場は迷って適当な分類を選び、結果として使えないデータが積み上がります。

現場の合意なしには、この機能は動かない

作業者管理は、MESの機能のなかで唯一、個人を特定して記録する機能です。ここを軽く扱うと、導入そのものが止まります。

実装の失敗と、製品側の動き

失敗1:勤怠システムと二重に人員マスタを持つ。 入退社・異動のたびに両方を更新する運用は必ず破綻します。人員マスタの正は人事システムに置き、MESは資格・力量とMES上の権限だけを持つのが原則です。

失敗2:資格マスタの有効期限を運用で回そうとする。 「期限が近づいたらExcelで確認して更新する」運用は、担当者が変わった時点で止まります。期限切れの検知と通知は仕組みに組み込んでください(教育・力量管理機能)。

失敗3:例外承認の記録がない。 資格を持たない作業者に班長が口頭で許可を出す状況は、現実には発生します。これを禁止するのではなく、承認者・理由・時刻を記録したうえで許可する経路を用意するのが正しい設計です。経路がなければ、現場は他人のIDで操作します。

失敗4:記録の粒度が細かすぎて入力されない。 分単位の作業時間を全工程で取ろうとすると、入力操作が作業そのものより多くなります。自動収集できる時刻(設備の起動・停止)と、人が入力する情報(理由、判定)を明確に分けてください。

製品側では、労務データの粒度と資格統制の両面で機能追加が続いています。Critical Manufacturingはアクティビティ単位の労務トラッキングを追加し、工程よりも細かい作業単位で人の時間を捉える方向へ進んでいます。Velotic(旧GE Vernova)のProficy 2026リリースでは、ディスクリート製造向けに作業者資格の機能とロールベースのセキュリティ強化が入りました。

ただし、これらはあくまで「記録し、統制する」機能です。どの資格をどの工程に要求するかという定義そのものは、製品では解決しません。この定義作業(力量マトリクスの整備)が、作業者管理の導入で最も時間のかかる部分です。人の側の準備については作業者の資格・力量管理をMESで統制するで扱います。

よくある質問

勤怠システムとMESの作業者管理は、統合すべきですか。

統合よりも連携を推奨します。勤怠は労働基準法にもとづく法定記録であり、要件が頻繁に変わります。MESの作業者実績は工程トレーサビリティのための記録で、要求される粒度も保存期間も異なります。片方の法令改正がもう片方に影響する構造は避けるべきです。実務では、人員マスタを人事システムから連携し、出退勤とMESの作業実績は突き合わせのみ行う(大きく乖離していれば入力漏れを疑う)という形が多く採られています。

派遣社員や請負作業者の実績も記録すべきですか。

トレーサビリティの観点では、雇用形態にかかわらず「誰が実施したか」を記録する必要があります。ただし個人を特定する情報の取り扱いは、派遣元・請負元との契約に依存します。実務では、個人名ではなく作業者コードで記録し、コードと個人の対応表は限られた担当者のみが参照できる構成を採ることが多くあります。この構成であれば、品質調査には十分使えて、日常の運用画面には個人名が出ません。

資格がない作業者の着手を本当に止めてよいのでしょうか。生産が止まりませんか。

止める対象を絞ってください。全工程で厳格に止めると、応援や欠員のたびに生産が止まります。実務では「法令・顧客要求で資格が必須の工程」「品質影響が大きい工程」に限って強制的に止め、それ以外は警告表示に留める設計が一般的です。重要なのは、止める工程のリストを品質部門と生産部門が合意したうえで決め、その根拠を文書化しておくことです。「なんとなく厳しくしておく」と、例外承認が常態化して統制そのものが形骸化します。

この記事を書いた人

S

株式会社サオス MESソリューション部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。