計測は解決済みで、按分が未解決

工場のエネルギー管理は、20年前から「見える化」として提案され続けてきました。受電点にスマートメータを入れ、分電盤に電力計を追加し、ダッシュボードに時系列グラフを出す。ここまでは技術的にほぼ解決しています。

未解決なのは次の問いです。

先月、この工場で製品Aを12,400個、製品Bを3,100個作った。製品A 1個あたりの電力消費量は何kWhか。

工場全体の使用量は分かっています。製品ごとの生産数も分かっています。しかし1個あたりの数値を出すには、どの設備が、いつ、どのオーダーのために動いていたかという情報が必要です。これを持っているシステムはMESしかありません。電力計は「10時15分に42kW使った」ことは知っていますが、それが製品Aのためだったのか製品Bのためだったのかは知らないからです。

したがって、エネルギー管理におけるMESの役割は測定ではなく、測定値とオーダーを時間軸で結びつけ、按分ルールに従って製品単位へ配分することです。ここが設計の中心になります。

規制側の非対称:報告は後ろ倒し、製品単位の開示は前倒しのまま

「まだ先の話では」と判断する前に、期限の構造を確認しておく価値があります。欧州の2つの制度で、期限の動き方が逆になっています。

CSDDDの遵守義務の開始
2029年7月
Omnibus Iによる改正指令(EU) 2026/470(2026年2月26日官報公示、3月18日発効)。CSRDの国内法化期限は2027年3月19日
EU DPPレジストリの稼働開始
2026年7月20日
European Commission。ESPR(規則(EU) 2024/1781)にもとづく実施法と6つのDPP標準により枠組みを確立
鉄鋼/繊維・タイヤ・アルミへのDPP適用年
2026年/2027年
バッテリーが先行。家具は2028年、マットレス・ICT製品は2029年

企業単位のサステナビリティ報告(CSRD/CSDDD)は、Omnibus Iによって適用範囲が絞られ、期限も後ろへ動きました。一方、製品単位の情報開示を求めるESPR/DPPの側は緩和されていません。レジストリはすでに稼働しています。

この非対称が意味するのは、「企業全体のCO2排出量を年次で報告する」よりも先に、「製品1個あたりのデータを個別に提出する」ほうが実務として到来するということです。前者は購買データと燃料使用量の積み上げで作れますが、後者は工程データがなければ作れません。GX対応の議論をエネルギー会計の話として進めていると、この差に気づくのが遅れます。制度側の全体像はCSRD/CSDDDのOmnibus I緩和と製造データデジタルプロダクトパスポート(DPP)は「MESの新しい出力仕様」である、算定の考え方はGX・カーボンフットプリント算定とMESで扱っています。

計測点の粒度は「按分ルールが成立する最小限」で決める

計測点を細かくするほど按分は正確になりますが、電力計の設置費用と工事の停止時間がかかります。判断基準は「その粒度で按分ルールが成立するか」です。

計測点の粒度分かること按分に使えるか
受電点のみ工場全体の使用量生産数比の単純按分しかできない。品種差が出ない
分電盤・系統単位工程エリア単位の使用量工程を占有する品種があれば有効。混流ラインでは不足
主要設備単位設備ごとの使用量実用上の分岐点。オーダーと時刻で結びつけられる
設備+補機単位加熱・冷却・搬送を分離精度は上がるが、投資が急増する。特定用途向け

多くの工場にとっての現実的な着地点は主要設備単位です。ここまで下げると、MESが持つ「この設備で10時00分から11時30分まで、オーダー#1234を流していた」という記録と突き合わせられます。

ただし、全設備に電力計を入れる必要はありません。エネルギー消費量の上位20%程度の設備で、工場全体の70〜80%を占めるのが一般的です(工場によって比率は異なるため、まず受電点と分電盤のデータで当たりを付けてください)。上位設備を実測し、残りは定格と稼働時間から推定する構成で、按分ルールとしては十分に成立します。重要なのは、どこを実測しどこを推定したかを記録し、説明できるようにしておくことです。

按分ルールは5通りある

同じ測定データからでも、按分ルールが違えば製品1個あたりの数値は変わります。以下の5通りが実務で使われるもので、どれが「正しい」というものではありません。

  1. 時間按分:設備の使用電力量を、オーダーが占有した時間の比率で割り付ける。最も一般的で説明しやすい
  2. 生産数按分:期間の総使用量を、生産数の比率で割り付ける。品種間の消費差が反映されない
  3. 実測按分:オーダーの開始から終了までの積算電力を直接紐づける。最も正確だが、設備占有が明確な工程に限られる
  4. 標準原単位按分:品種ごとの標準原単位を先に決め、実績を標準比で配分する。原価計算との整合が取りやすい
  5. 加重按分:加工時間、重量、投入量などの係数で重み付けする。連続プロセスで使われる
電力測定値をオーダー時間窓へ按分する流れ 設備の消費電力(実測) kW MESが持つオーダーの時間窓 オーダー #1234(製品A) 段取り オーダー #1235(製品B) 非稼働 非稼働 ここで決めるのは3点: ① 段取り中の電力を、前後どちらの製品に付けるか(次オーダーに付けるのが一般的) ② 非稼働時の待機電力を、製品に配賦するか工場共通費に置くか ③ 原単位の分母を、良品数にするか投入数にするか(不良分の電力の扱いが変わる)
設備の電力測定値をオーダーの時間窓で切り、非稼働時間の待機電力をどう扱うかで製品原単位が変わる。按分ルールは技術ではなく、説明責任の設計。

図に挙げた3点が、按分ルールで実際に揉める箇所です。特に②の待機電力は影響が大きく、24時間通電の設備を持つ工場では、製品に配賦するか共通費に置くかで原単位が数十%変わります。

そして重要なのは、どのルールを選んだかを文書化し、期間を通じて変えないことです。DPPや顧客要求で提出する数値は、後から算定根拠を問われます。ルールが文書化されていないと、「なぜこの数字なのか」に答えられません。技術的な精度より、説明責任が果たせるかどうかが選択の基準です。

標準:ISO 50001とEnPI、そして通信仕様

エネルギーマネジメントシステムの国際標準は ISO 50001:2018「Energy management systems — Requirements with guidance for use」(第2版、2018年8月発行)です。すでに認証を取得している工場では、この枠組みのなかでEnPI(エネルギーパフォーマンス指標)とベースラインを定めているはずです。

ここで実装上の注意があります。ISO 50001のEnPIとMESのKPI(原単位)は、多くの場合そのままでは一致しません。EnPIは工場・設備の管理指標として設定されることが多く、分母が生産量や稼働時間になっています。一方、DPPやCFPで必要なのは製品単位の値です。両者を別々に計算していると、監査で「どちらが正しいのか」を問われます。

対応としては、EnPIとMESの原単位を、同一の測定データから異なる集約軸で計算する構成にします。データソースが1つであれば、集約軸が違っても整合性を説明できます。

通信仕様の側でも動きがあります。2025年3月30日に、ODVA・OPC Foundation・PI(PROFIBUS & PROFINET International)・VDMAが産業用エネルギー管理に関する共同仕様を公表しました。設備からエネルギーデータを標準形式で取得できるようになれば、機種ごとの個別実装を減らせます。実装の方向としては、OPC UAで生産設備からプロセスパラメータと品質情報を集め、クラウド基盤へ集約するアーキテクチャが、Fraunhofer FFBによるバッテリーパスポートのPoC(Hannover Messe 2026で実演)などで具体化しています。

設備の稼働状態と組み合わせると、投資判断ができるようになる

エネルギーデータ単独では、節電の余地は見えません。有効になるのは、設備の稼働状態と重ね合わせたときです。

  • 非稼働時の消費電力:休止中でも消費し続けている設備を特定する。ここは制御の変更だけで削減できることが多い
  • 段取り中の消費電力:加熱設備では段取り時間の短縮がそのまま電力削減になる
  • 不良品にかかった電力:不良率の改善効果を、電力コストとして金額換算できる

3番目は、品質改善の投資判断で有効に働きます。不良削減の効果を「材料費+加工費」だけで見積もっていたところに、エネルギーコストが加わります。設備の状態区分をどう定義するかはOEEの算出ロジック、定義がずれると比較できないの状態モデルと共通で、同じ状態区分を使い回せるように設計しておくと、二重の定義を持たずに済みます。

よくある質問

エネルギー管理は、MESと専用のEMSのどちらで行うべきですか?

役割で分けます。エネルギーの測定・監視・デマンド制御は専用のEMS(エネルギーマネジメントシステム)が適しています。時系列データの圧縮保存や需要予測といった機能は、MESの得意分野ではありません。一方、測定値をオーダー・品種・ロットへ按分する処理は、生産の文脈情報を持つMESでなければできません。したがって、EMSが測定と保存を担い、MESが文脈を与え、按分結果をMESまたは分析基盤に持つ構成が現実的です。両方でダッシュボードを作ると重複しますが、EMSは設備管理者向け、MESは生産管理者向けと利用者を分ければ共存できます。連携インターフェースとしては、時刻・設備ID・積算値の3項目を渡せれば足ります。

製品1個あたりのCO2を出すには、電力以外に何が必要ですか?

電力に加えて、燃料(都市ガス、重油、LPG)、蒸気、圧縮空気、工業用水、そして電力の排出係数が必要です。実務で見落とされやすいのが圧縮空気で、エアコンプレッサは工場の電力消費の1〜2割を占めることがあり、しかも複数工程で共用されるため按分が難しい対象です。圧縮空気を個別に測るのは現実的でないことが多いため、コンプレッサの消費電力を工程の使用量比で配賦するルールを決めておきます。排出係数については、電力会社の公表値を使うか、市場ベースの係数を使うかで結果が変わるため、どちらを採用したかを記録に残します。これも技術の問題ではなく、算定根拠の説明責任の問題です。

ISO 50001の認証を取っていれば、DPPのエネルギーデータ要件も満たせますか?

満たせません。粒度が違うためです。ISO 50001はマネジメントシステムの規格であり、エネルギーパフォーマンスを継続的に改善する仕組みがあることを求めます。求められるデータは工場・設備・工程レベルの集計値で足ります。一方、DPPで要求されるのは製品または製品グループ単位のデータです。ISO 50001の運用で整備した測定インフラは流用できますが、製品への按分という工程がもう一段必要になります。認証取得済みの工場が着手すべきなのは、新しい計測器の追加ではなく、既存の測定データとMESの生産実績を時刻で結びつける仕組みの構築です。多くの場合、ここは新規投資ではなくデータ連携の設計作業になります。

この特集について

規制がMESに求めるもの

FDA CSA、EU GMP Annex 22、DPP。規制の改訂はそのままMESの要件になる 全68本

  1. 自動車製造のMES導入、Catena-Xとバッテリーパスポートが変える完成車工場の記録
  2. 医薬品製造のMES導入、Annex 11改訂とeBRが変えるバリデーションの前提
  3. 医療機器製造のMES導入、eDHRとUDIを軸にEU MDR改正とFDA CSAを読む
  4. QMSとは?「仕組み」と「ソフトウェア」の2つの意味を持つ言葉
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この記事を書いた人

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株式会社サオス MESソリューション部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。