個体識別が必要になるのは、次の4条件のどれかを満たすとき

シリアライゼーション(製品1個ごとに固有番号を割り当てて管理すること)が必要になる場面は、次の4つに整理できます。逆に、どれにも当てはまらないならロット管理で足ります。

条件1:規制が個体識別を要求している。 医療機器のUDI(機器固有識別子)、医薬品の包装単位での識別、航空宇宙・防衛の部品履歴管理など。この場合、識別子の体系まで規制側が指定していることが多く、設計の自由度はほとんどありません。

条件2:ロット単位の回収では損害が大きすぎる。 1ロットが数万個で、不具合の原因が特定の設備・特定の時間帯に限られる場合、ロット全数を回収するのと個体を特定して回収するのとでは、費用が桁で変わります。この条件は、シリアル化の投資判断を数字で説明できる唯一の切り口です。想定回収規模と発生頻度から期待損失を出し、シリアル化の追加コスト(採番・印字・読取・データ量)と比較します。

条件3:二次流通・偽造対策が必要。 高額部品、消耗品ビジネス、正規品判定を伴う保守サービス。個体番号がないと、市場に出回っている品が自社出荷品かどうかを判定できません。

条件4:製品単位の情報開示義務がある。 これが2026年以降に増えている条件です。次節で詳しく扱います。

DPPは「個体識別を製品グループ単位で義務化する」制度になった

欧州のデジタルプロダクトパスポート(DPP)は、条件4を法的な義務に変えます。根拠法はエコデザイン規則ESPR(規則(EU) 2024/1781)で、要件は製品グループごとの委任法令で定められます。

EU DPPレジストリの稼働開始日
2026年7月20日
European Commission。実施法と6つのDPP標準により枠組みを確立
鉄鋼へのDPP適用年
2026年
バッテリーが先行、以後この順で適用が広がる
繊維・タイヤ・アルミニウムへの適用年
2027年
家具は2028年、マットレス・ICT製品は2029年
各委任法令採択後に義務づけられる移行期間
18か月
同上

実務上の要点は、レジストリが一意の登録識別子(Registration Identifier)を生成し、QRコード経由で物理製品とデジタルパスポートを紐づけるという構造です。つまり事業者は、EU市場へ上市する前に製品を登録し、物理的な個体と登録情報を対応づける必要があります。

ここで注意すべきなのは、DPPの単位が必ずしも「1個」とは限らない点です。製品グループによってはバッチ単位・モデル単位が認められる可能性があり、鉄鋼のような素材では個体の定義自体が異なります。「DPPが来るから全製品シリアル化」は早計で、自社の製品グループの委任法令が何を単位に求めるかを確認するのが先です。それでも、パスポートに載せるデータ(材料構成、工程パラメータ、品質記録)の発生源はMESであるという構図は変わりません。制度の全体像はデジタルプロダクトパスポート(DPP)は「MESの新しい出力仕様」であるで扱っています。

標準側の動きも実装段階に入っています。OPC Foundationは2026年4月20日に、EUバッテリーパスポートに基づく電池セル生産のデモを含むDPP採用推進を発表し、2026年3月2日にはCEN/CENELECとリエゾン協定を締結しました。Hannover Messe 2026では、Fraunhofer FFBがOPC UAで生産設備から機械データ・プロセスパラメータ・品質情報を収集し、バッテリーパスポート・リポジトリへ流し込むPoCを実演しています。

採番設計で決める5項目

シリアル体系の設計は、後から変更するとすでに市場に出た製品との整合が取れなくなります。稼働前に決着させるべき論点は次の5つです。

決めること主な選択肢判断の目安
識別子の体系GS1(GTIN+シリアル番号=SGTIN)/社内独自体系/顧客指定社外へ出す番号はGS1系に寄せる。社内工程管理だけなら独自でも実害は少ない
採番の主体MES/ERP/ラベル発行システム/設備側MESに寄せるのが原則。設備やラベル機で採番するとMESが欠番を把握できない
採番のタイミング指図発行時に一括/工程開始時/完成時仕掛中に個体を識別する必要があるかで決まる
欠番・再採番欠番許容/連番厳密/再採番禁止規制対応では再採番禁止が基本。印字失敗分の扱いを明文化する
集約(aggregation)個体→内箱→外箱→パレットの階層出荷検品と物流側の要求で階層数が決まる。解除できる設計にする

このうち事故が最も多いのは採番の主体です。ラベル発行システムやレーザーマーカー側でカウンタを持たせると、印字失敗・機器交換・カウンタリセットのたびにMES側の記録と実物がずれます。ずれてもシステムはエラーを出さないため、出荷検品や顧客からの照会で初めて発覚します。採番はMESが行い、印字機へは「この番号を印字せよ」と渡す構成が原則です。

シリアルは状態を持つ:ライフサイクルの設計

シリアル番号は「発行して終わり」ではありません。実装では状態を持つオブジェクトとして扱います。

シリアル番号の状態遷移図 採番済 Allocated 印字・付与済 Commissioned 工程進行中 In Process 完成・集約済 Packed 出荷済 Shipped 破棄(Decommissioned) 印字不良・工程内廃却・検査不合格。番号は再利用しない 集約解除(開梱・再梱包) 各状態の遷移は、誰が・どの端末で・いつ行ったかを記録する。破棄と集約解除の権限設計が監査で問われる。
シリアル番号のライフサイクル状態遷移。破棄・再発行の経路を最初に設計しないと、印字不良が発生した時点で運用が止まる。

図で示した2つの経路——破棄と集約解除——を設計から落とすと、稼働直後に運用が止まります。印字不良は必ず発生しますし、外箱の検品で1個抜く必要も必ず発生します。「破棄した番号は再利用しない」「集約解除は権限者のみ、理由コード必須」といったルールを、機能として実装しておきます。

よくある実装の失敗

失敗1:シリアルとロットを二重管理にしてしまう。 シリアル管理を導入した後もロット番号を並行して発番し、両者の対応表を別に持つ構成です。対応表の更新漏れが必ず起きます。正しくは、シリアルが属するロットをシリアル側の属性として持たせ、対応表というテーブルを作らないことです。

失敗2:読取失敗時の代替手順がない。 印字がかすれる、汚れる、変形する。読めなかったときに、目視入力を許すのか、再印字するのか、その場でラインを止めるのか。手順を決めずに稼働すると、現場は「読めた別の個体で代用してスキャンする」という運用に流れます。これはデータを壊すため、監査で発見されると影響が広範囲に及びます。

失敗3:シリアル単位のデータ量を見積もっていない。 月産100万個の製品に、工程10か所で各5項目の測定値を紐づけると、月間5,000万レコードになります。保持期間が10年なら60億レコードです。設計段階でこの見積もりをしていないと、稼働2年目に検索が実用速度を割ります。シリアル化の判断には、データ基盤側のコストを必ず含めてください。

製品による実装差

シリアル管理は、MES製品によって実装の深さが大きく違う領域です。確認すべきポイントは3つあります。

第一に、集約(aggregation)の階層数です。個体→内箱→外箱→パレットの4階層を標準で持つ製品と、2階層までしか持たない製品があります。医薬品の包装ラインでは4階層が前提になることがあり、足りないと追加開発になります。

第二に、採番の性能です。ラインが高速な場合、シリアル発行がボトルネックになります。事前に番号プールを払い出す方式を持っているかを確認します。

第三に、外部システムへの連携形式です。Rockwellは2026年8月11日に、Plex QMSとFactoryTalk Analytics VisionAIをAPI連携させ、検査履歴によるトレーサビリティとシリアライゼーションを強化すると発表しています。AI外観検査の判定結果を個体に紐づける構成が製品側で用意されつつあり、この種の連携を自前で作るかベンダー標準に乗るかが選定の論点になります。

識別子の体系そのものはGS1標準とサプライチェーン・トレーサビリティ、印字と検証の実装はラベル発行と印字検証で扱います。

よくある質問

GS1の体系を使うべきか、社内独自の番号でよいか、どう判断しますか?

社外に出る番号かどうかで分けます。顧客・流通・規制当局が読む番号であれば、GS1の体系(GTINと連結したシリアル番号)に寄せてください。相手側のシステムが解釈できる形式であることが前提になるためです。一方、工程内の仕掛管理にだけ使う番号であれば、社内独自でも実害はありません。実務では両方を持つ構成が多く、その場合は「社内番号を主キーにし、GS1形式の識別子を属性として持つ」か、その逆かを最初に決めます。後から主キーを入れ替えるのは大きな作業になるため、ここは要件定義で確定させる項目です。

DPPに対応するために、いま何から着手すべきですか?

自社製品がどの製品グループに属し、委任法令の適用時期がいつかを確認するのが最初です。適用が2027年以降であっても、移行期間は各委任法令の採択後18か月と定められているため、準備期間は見た目より短くなります。次に着手すべきは、パスポートに載る候補データ(材料構成、工程パラメータ、品質記録、エネルギー)が現在MESに入っているかの棚卸しです。多くの工場では、材料構成は入っているがエネルギー実績が入っていない、という状態になります。識別子の設計より、データの欠落を先に潰すほうが優先度が高いケースがほとんどです。

シリアル管理を入れると、現場の作業時間はどのくらい増えますか?

工程あたりのスキャン回数で決まります。1工程1スキャンで済む設計なら、1回あたり2〜3秒程度です。問題になるのは、スキャンが1工程で複数回必要になる設計(個体、治具、作業者、材料をそれぞれ読む)や、読み取り失敗のリトライです。作業時間の増加を抑えるには、スキャン回数を減らす設計(治具や材料は工程開始時に1回だけ、以後は継承する)と、読み取り成功率を上げる印字品質の管理が効きます。逆に言えば、作業時間の増加の大部分は、シリアル化そのものではなく読み取り設計の質で決まります。

この特集について

規制がMESに求めるもの

FDA CSA、EU GMP Annex 22、DPP。規制の改訂はそのままMESの要件になる 全68本

  1. 自動車製造のMES導入、Catena-Xとバッテリーパスポートが変える完成車工場の記録
  2. 医薬品製造のMES導入、Annex 11改訂とeBRが変えるバリデーションの前提
  3. 医療機器製造のMES導入、eDHRとUDIを軸にEU MDR改正とFDA CSAを読む
  4. QMSとは?「仕組み」と「ソフトウェア」の2つの意味を持つ言葉
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この記事を書いた人

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株式会社サオス MESソリューション部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。