産業ソフトのM&Aは、本当に過去にない水準なのか?

前年同期と比べれば、ほぼ倍です。ただし「何を1件と数えたか」までは公開されていません。

数字の出どころは、ウィーンに本拠を置くM&A助言会社MP Corporate Financeが2026年9月28日に公開した分析記事です。同社は自動化・制御、設計・エンジニアリング、製造オペレーション、品質やセキュリティなどの横断レイヤーまでを「産業ソフト」として追跡しており、2026年上半期(1〜6月)の取引を123件と数えました。2025年上半期の67件から83.6%の増加です。

項目2026年上半期の値補足
取引件数123件2025年上半期は67件
取引の種類M&A 82%/資金調達 18%123件には資金調達ラウンドも含まれる
買い手事業会社 60%/PEなど金融投資家 40%
対象企業の地域欧州61件/北米51件
取引のバリュエーション平均で売上高の4.5倍(TEV/Revenue)算出に使った取引の数は記載なし

出典:MP Corporate Finance(2026年9月28日公開)。比率は同社記事の記載どおり。

「過去最多」という見出しは同社のページ題名にある表現で、何年分と比べた最多なのかは本文に書かれていません。言えるのは「前年同期の約1.8倍」までです。集計の手法、つまり非公開案件を含むのか、公表された案件だけなのかも記事には明記されていません。社内資料に引用するなら、件数そのものより「前年同期比で大きく増えた」という向きを使うほうが、後で根拠を問われても困りません。

産業ソフトの取引件数(2026年上半期)
123件
MP Corporate Finance(2026年9月28日公開)。前年同期は67件
うち製造オペレーション管理(MES・SCM・EAM・予知保全・FSM)の比率
31%
同上
取引のバリュエーション平均(売上高比)
4.5倍
同上

31%は「MESの買収が増えた」という意味なのか?

違います。31%はMESを含む広い箱の比率で、MESだけを切り出した数字はこの集計からは出せません。

MP Corporate Financeの分類で最大だったのは「Manufacturing Operations Management」の31%です。同社はこの箱にMES、SCM(サプライチェーン管理)、EAM(設備資産管理)、予知保全、FSM(フィールドサービス管理)をまとめています。記事がこの箱の例として名前を挙げたのは、保全管理のUpKeep Technologies、フィールドサービスのJoblogic、規制業種向けEAMのBlue Mountain Quality Resourcesの3件で、いずれもMES製品の会社ではありません。

もう一つ気をつけたいのは、記事に出てこない取引です。Schneider Electricは2026年6月30日、産業データとAIのソフトを持つCogniteを31億ドルの全額現金で買収すると発表し、AVEVAを強化する狙いを示しました。上半期の最終日に発表された、MESの周辺では最も大きい部類の案件ですが、MP Corporate Financeの記事は名前を挙げていません。123件に数えられているかどうかは、記事からは判断できません。

買収されても製品は続くのだから、使う側に影響はないのでは?

製品がすぐ消えることはまれです。影響が出やすいのは、製品の存続より、価格体系・統合先・開発の優先順位の3つです。

ここから先は、集計の数字と公表済みの案件をもとにした編集部の見立て(推測)を含みます。

価格体系について。MP Corporate Financeは、今後の買い手が評価する条件として「ミッションクリティカルなニッチ」「継続課金の売上比率の高さ」「信頼できるAIのロードマップ」を挙げています。買い手が継続課金を高く評価するなら、買われた側の製品が保守契約型からサブスクリプション型へ寄っていく圧力は強まる、と編集部は見ています(推測)。

統合先について。Cogniteは発表時点でAVEVAへの統合が予定されており、Schneider Electricは10月5日にPTCを株式価値約226億ドルで買収することでも合意しました。どちらも6月末で締めた上半期の集計には入らない、あるいは入るか分からない案件です。AVEVAのMESを使う工場から見ると、データ基盤と設計データの両側で「つなぐ相手」が同じ会社の中に入ってきます。詳しくはSchneiderのPTC買収を年表で読んだ記事で整理しました。

開発の優先順位について。買い手の40%がPEなどの金融投資家だったという比率は、2026年2月にVerdantixが「PEがMESのスタックを広げている」と指摘した流れと重なります。Verdantixは、PEが買い集めた設計・計画・シミュレーションの製品をMESと一つのスタックにまとめる動きを挙げました。単一スタック化は利用者にとって統合の手間を減らす面がある一方、単体で使ってきた機能の扱いが変わる可能性もあります。GE VernovaからTPGに移ったProficyが、半年でVeloticという別会社の製品になった経緯はVelotic発足の記事で追っています。

いまの契約書とベンダー評価で、もう足りているのではないか?

足りている工場もあります。足りないことが多いのは、「所有者が変わったとき」を想定した条項と、評価の更新頻度です。

ベンダー選定の評価表は、導入時に一度つけて終わりになりがちです。取引が前年の倍のペースで起きているなら、5年使う前提で評価した会社が、5年のうちに別の会社の一部になる場面は珍しくありません。確認したいのは、支配権の移転(チェンジ・オブ・コントロール)が起きたときに保守条件や価格改定の上限がどう扱われるか、契約終了時にデータをどの形式で受け取れるか、の2点です。後者はMESのデータ可搬性と契約条項の記事で、条項の書き方まで具体例を挙げています。

下半期も続くなら、落ち着くまで選定を待つべきでは?

待っても不確実さは減りません。MP Corporate Financeは下半期も取引の水準は高いままと見込んでおり、待つ理由がなくなる時期は見えていないからです。

同社の見通しは、断片化した市場、AIと分析の導入、IIoTとのリアルタイム連携、トレーサビリティ規制を引き続きの要因に挙げていますが、件数の予測値は示していません。実際、10月5日にはSchneider ElectricによるPTC買収の合意が発表され、上半期の集計の外側で大型案件が続いています。

選定を止めるより現実的なのは、評価の重みを少し動かすことです。機能の差が小さい候補同士なら、データを持ち出しやすい契約と、標準インターフェース(OPC UAやISA-95に沿ったデータモデル)で外とつながる構成を選んでおくと、どちらのベンダーが将来どこに買われても移行の手間を抑えられます。待つことで得られるものは少なく、契約と構成で備えるほうが手が打ちやすい、というのが編集部の見立てです(推測)。

ほかに疑問として残ることは?

123件の内訳となる取引一覧は公開されていますか

MP Corporate Financeの記事では、代表的な取引が15件ほど名前つきで紹介されているだけで、123件すべての一覧や集計方法は公開されていません。件数の比較は同じ会社の前年同期の数字(67件)との比較にとどめるのが無難です。

日本のMESベンダーはこの集計に含まれていますか

地域別の件数は欧州61件、北米51件が示されているだけで、日本やアジアの内訳は記事にありません。日本のMESベンダーが対象になった取引があるかどうかは、この記事からは分かりません。

Tulipの資金調達のような案件も件数に入りますか

123件のうち18%は資金調達ラウンドで、M&Aと合わせて数えられています。三菱電機がリードしたTulipのシリーズD(2026年1月13日発表、1.2億ドル)のような出資案件も、数えられるとすれば資金調達の側に入ります。ただし個別の案件が123件に含まれているかどうかは、記事に記載がありません。

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  1. SchneiderのPTC買収226億ドルを2本の年表で読む──設計データは合流し、Kepwareは別の道へ
  2. MES業界の地図は2026年に書き換わった、製品比較の前に見るべきベンダー再編
  3. GE VernovaがProficyをTPGへ6億ドルで売却、11日後に新会社Velotic発足(2026年3月)
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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス MESソリューション部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。